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シリーズ:ワダツミの丘
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ワダツミの丘

作者:化野生姜

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    滴る程度の怪談もどき


    登録ユーザー星:3 だれでも星:0 閲覧数:83

    ワダツミの丘 2532文字

     

    母が亡くなり、私はこの丘の上の家でひとりぼっちになった。

    母の遺言で私は灰を海に撒いた。
    撒かれた灰は海面をしばらく漂っていたが、やがて波に攫われるとどこか遠くへと流れていった。

    そうして、母子二人の生活は私一人の生活へと変わっていった。
    私は成人もしているし仕事もある。
    だが、日常生活をしていく上でどこか空虚な感じがした。
    これが身内を失った悲しみというものなのだろうか。

    そのせいだろうか。
    私は家のドアを叩く音に気がつくのにワンテンポ遅れていた。

    ***************************************

    灰は海に撒いてほしい。
    確かに私はそう言った。

    海水は私の炭化した細胞のひとつひとつに染み渡り、波によって繋がり、やがて私は生前のように思考ができるようになっていった。
    そうして、最初に考えた事は陸に上がりたいというただ一つの願いであった。
    始めは苦労はしたものの、やがて波に乗る術を身につけると私はゆっくりと丘に向かって動き出した。

    波によって打ち上げられると、私は重い身体を引きずりながらあの懐かしい我が家を目指した。
    見慣れている海岸沿いの道も夜間はしんと静まり返り、誰も出歩いている者はいないようだった。
    私はとにかく家に帰りたい一心で玄関先まで着くと明かりのついた家のドアを叩いた。

    そうして幾度目だろうか。
    やがて鍵の開く音がすると娘の顔がドアの向こうから覗き込んでいた。

    ***************************************

    『母』が還ってきて十日になる。
    私はいつも通り仕事鞄を取ると台所を覗いて『母』に声をかけた。

    『母』はやはり生前と変わらず、テレビをつけっぱなしにしながら愛用の湯のみに口を付けていた。
    ただ、その中身は海水だった。

    そうして反応しない『母』を横目で見ながら私は靴を履いて表に出る事にした。
    玄関のドアを開けると、鼻腔にすんだ風の香りがした。
    私は思わず服の匂いをかいだ。

    ほんの少しだけ、あの『母』から流れ出て来る生臭い磯の香りがした。

    ***************************************

    娘の姿を見届けると、私はもう一度湯のみに口を付けた。

    思えば家に帰ったときにも私はひどく喉が渇いていた。
    玄関を上がり台所の食器棚から愛用の湯のみを取り出すと、私は水道の水を入れて一口飲んだ。

    ひどい味がした。
    何かが決定的に欠けている。そんな味であった。
    その時、窓から何かの香りがした。
    私は湯のみを持ったまま窓を開けた。
    外には海が広がっていた。
    潮の香りを嗅いでいると喉の渇きがいっそうひどくなった。
    それを見て、私に必要なものが何なのか分かった気がした。

    そうして私は湯のみに口を付けている。
    だが、まだ足りない気がする。
    そうして、私は冷蔵庫に向かうとバケツ一杯に入った海水を湯のみの中に注ぎ、テーブルへと向かった。
    床には私の通った後が水のシミとなって残っている。
    だんだんと広がるそれを横目で見ながら私は席に戻った。

    ***************************************

    『母』が還ってきて三月が経った。

    私は会社に辞表を出した。
    しかたがないだろう。
    こんな事は誰にも相談出来ないし、相談したいとも思えない。

    疲れは仕事に向かい、先方は機嫌を損ね、周囲からは孤立した。
    もう、服にこびりついた異臭は何度洗っても落ちなかった。

    体力にも精神にも限界が来ていた。
    私は疲れた身体にむち打つと、一斗缶を手にして家の方へと歩き出した。

    ***************************************

    家の中で何かをこぼすような音がしばらく続いていた。
    私はいつものように湯のみに口をつけている。

    湯のみはいつのまにやら色が変わっていた。
    どこからきたものか、カビが天井を伝い、壁に広がり部屋を浸食していく。
    だが、それを気にしている暇はない。
    喉が渇いて仕方が無いのだ。
    そうして私は空になった湯のみを持つとゆっくりと席を立った。

    そのときだった。
    家の中が赤くなっている事に気付いたのは。

    それはガラスを溶かし、壁をなめ、室内に煙をもたらしていた。
    煤は容赦なく私の身体に張り付き、そのうち熱を持った柱が私の上に覆い被さった。

    …そうして、どれほどの時間が経っただろうか。
    私はひどい乾きを覚え、柱の下から身体を起こした。

    始めに見たものは残った家の柱であった。
    それは真っ黒な炭と化しており、今ではかろうじて数本程度が暗い夜空に向かって立っているのみであった。
    私はぼんやりと抜けた天井を眺めていた。

    そうして炭になった居間の鴨居に何かが引っかかっているのが目に入った。
    それは紐にぶら下がった大きな人形のように見えた。
    私は瓦礫をゆっくりとかき分けるとそれに向かって近寄った。

    その頃には、私の喉の渇きは我慢出来ないほどになっていた。
    だが、その黒い物体の正体が何なのか分からない事には私は動けなかった。

    ひどく嫌な予感がしていた。
    何か取り返しのつかない事が起きているのだと肌で感じていた。
    そうしてそれが確信に変わると、私はその場に崩れ落ち嗚咽した。

    声は出なかった。涙も流れなかった。
    ただ、気味の悪い何かを吐き出すような音が体から漏れるのみであった。

    やがて何に対して何故泣いていたのかも忘れる頃、光が辺りを照らし始めた。
    そうして朝日が背中を照らす頃、焼けるような痛みが走り、私は意識を失った。

    ***************************************

    日が高くなる頃、丘の上に人々が集まっていた。
    彼らは地元の漁師や消防団の人々であり、皆一様に暗い顔をしながらその光景を眺めていた。

    丘の上の家は焼け落ちていた。
    家からは一人の女性の遺体と不定形の悪臭を放つ肉の固まりが見つかった。
    女性は黒く焼けこげ、首のところにはちぎれた縄のようなものがひっかかっていた。

    村の人々は相談すると、その女性の遺体と固まりを共に荼毘に付す事にした。

    一つの遺体と物体は同じように火葬場で焼かれ、灰は海に流された。
    それが済むと、彼らは各々の家に帰った。

    そうして夜が近づくと、彼らは海から上がる『ワダツミの使い』が入らないよう、厳重な戸締まりを始めた。

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      最後の一行がとても怖いです。
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    作者紹介

    • 化野生姜
    • 作品投稿数:22  累計獲得星数:83
    • 化野生姜(かのしょうが)
      pixivでも同名義で怪談を書いています。
      よろしくお願いいたします。
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