upppiは縦読みコミック(タテコミ)・イラスト・小説が無料で楽しめるサービスです!

ようこそ!ゲストさん
シリーズ:少年快楽園
閲覧数の合計:376

作品を編集する

  • シリーズタイトル・ジャンルの修正
  • この章を改訂する
  • この章を削除する
  • シリーズに作品を追加する
  • 表紙画像の変更

少年快楽園

作者:ナマケモノ

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

     不死の飲み物ネクタールを給仕するために、トロイの王子ガニュメデスはオリュンポスへと連れ去られる。君はそんなガニュメデスのようだと幼馴染の彼は僕に言った――

    (注)この作品にはBL描写があります。苦手な方は閲覧をご遠慮ください。


    登録ユーザー星:2 だれでも星:0 閲覧数:376

    少年快楽園 6370文字

     

     硝子の中に彼がいた。
     たゆたうホルマリン液の中で彼は病的に白い素肌を晒している。
     硝子の中で、彼は踊っていた。
     ホルマリン液の中で彼は幸せそうに笑っていたのだ。



     蝉が煩い夏だった。
     今でも、僕の耳朶から離れてくれない音。彼と運命を共にした、呪われた日の思い出。
     僕は少年だった。
     少女めいた儚さを君は兼ね備えているなんて、同性愛者の幼馴染は逝ってくれた。
     長い睫毛に愁いを帯びた眼。幼いのに均整の取れた細い体。
     君はまるで神々に攫われたトロイの王子ガニュメデスのようだと幼馴染の彼は、僕を褒め称えてきたんだ。
     それは、熱い夏の図書館での出来事だった。
     イーリアスを読む僕に、彼は突然そんなことを言ってきた。
     僕はアポロンに寵愛されていたヘクトルじゃないのかと笑ってみせると、ヘクトルはアキレウスに殺されてしまうから僕ではないと彼は笑った。
     ガニュメデスは青春の神へーべーの代わりに神々のネクタール――不死の飲み物――を給仕するためゼウスによってオリュンポスに攫われてしまった美少年だ。息子と引き換えに、トロイの王は魔法の神速の馬を与えられた。
     世界中で一番美しい少年を、神々は毎日愛でていたのだ。
    「僕は君を毎日眺められて幸せだよ。君は僕のガニュメデスだ」
     彼が笑う。
    「僕は同性愛者じゃない」
     僕はいつものように冷たく返す。
     それでも、と彼が繰り返す。スフィンクスみたく彼は僕に問いかけてくるんだ。
    「君は、僕をどう思ってる?」
     彼の煩わしい言葉を、蝉の煩い合唱がかき消してくれる。僕は何も聞こえない振りをして、本に視線を走らせる。
     でも、トロイとギリシアの戦いを描いた抒情詩は僕に何も与えてくれなかった。それはもう、ただの意味をもたない文字の羅列だったのだ。
     彼が側にいると、意味のある本は無意味な文字の暗号と化してしまう。何が書いてあるか頭に入らなくて、僕の読解力は格段に落ちる。
     彼は良い友達だった。古典文学を愛する同志でもあった。
     蔵書数も少なければ利用者もいない図書館で暇をつぶすのは僕と彼ぐらいだ。
     でも、僕は彼を愛してはいなかった。ましてや、恋愛の対象なんてとんでもない。
     彼は美しい青年だったのだ。
     小柄な僕と違い長身でスマートな体躯の彼は、猫のように背筋を伸ばすのが癖になっていた。切れ長の眼はどんな人間でも虜にしてしまうし、彼は女子によくモテた。
     逆に僕はというと、本が好きというだけで根暗のラベル貼られる始末だ。彼が本を読んでいれば、知的で素敵だと褒めそやすくせに。
     僕は僕を好きだという彼が嫌いだった。彼に群がる女子も嫌いだった。彼を拒みながら、女子に嫉妬する自分自身が嫌いだった。
     それらすべてを覆いつくす、蝉の鳴き声も。
    「ねぇ、こっちを見てよ」
     彼の声が聞こえる。それでも僕は本から目を離さない。
    「ねぇ、俺を見てよっ」
     彼の声に少しばかり棘がある。僕はびくりと肩を震わせていた。
     彼と眼を合わせてはいけない。そんな気がして、僕は本からよけいに目が離せなくなる。
    「ねぇ、俺を見てっ!」
     彼の声は悲鳴そのものだった。眼を見開いて、僕はようやく彼と眼を合わせる。
     瞬間、彼の顔が目の前にあった。唇に何かがあたっていた。
     何が起きたかを考えることもなく、僕は彼を突き放していた。
     図書館を跳び出して廊下を走る。彼の声が後方から聞こえてくるが振り返らない。
     わぁんわぁんと蝉の鳴き声が煩い。
     だから、僕は蝉の鳴き声が嫌いなのだ。
     でも、彼から逃げ出した僕自身を僕は許すことが出来なかった。
     それからしばらくして、彼がいなくなった。



     

     彼がいなくなってからの僕は、それはもう酷いものだった。
     授業をさぼっては、彼と過ごしていた図書館に入り浸り、蝉の鳴き声に耳を貸した。
     とにかく僕は本を読んだ。彼の語ったギリシア神話の、ガニュメデスの本を読み漁った。美しい少年を愛したアポロンの神話を乱読した。
     僕は遠い昔に忘れ去られた神々の神話の中に、彼の面影も見出そうとした。
     彼はきっと鷲に攫われてしまったのだ。ゼウスの使いであり、ガニュメデスを攫った大鷲に。
     でも、攫った相手はガニュメデスの父王に馬を授けたように、彼を奪った対価を支払わなくてはいけないはずだ。
     じゃあ彼を必要としていた僕には、どんな対価が支払われるのだろうか?



     その日は突然やってきた。
     夏も終わりに差し掛かり、田んぼで赤蜻蛉が番を求めて舞っていた。いつもなら僕の隣には彼がいて、彼が僕らのようだと赤蜻蛉を指さして笑うのだ。
     僕は、そんな彼を見ることもなく田んぼ道をひたすら歩いていた。彼は待ってくれよと笑いながら僕についていくのだ。
     2人で歩いた道を僕は1人で歩いている。彼の笑い声は聞こえない。ただ、夏の中頃より少なくなった蝉の鳴き声だけが煩い。
     そときだ。あぁ、いたいたと前方から声があがったのは。
     前を向くと、背広を羽織った男性がこちらに駆けてくるではないか。
    「君だよね? 君が、有紀くんだよね?」
     整った顔を綻ばせ、彼は僕の名前を呼ぶ。知らない男に突然話しかけられ、僕は身を固くしていた。
    「大丈夫。私は君を招待するように言われただけだよ」
     すっと男は笑みを浮かべて、僕に手を差し伸べてくる。その手には手紙が握られていた、
    「君へ。オリュンポスへの招待状だそうだ」
    「あなたはゼウスの鷲なの?」
     男の台詞に、僕はとっさに言葉を返していた。男は困ったように笑みを浮かべ、答えてみせる。
    「じゃあ君は、ガニュメデスなのかい?」
     


     町はずれの郊外には田園があって、その田園の端には大きな雑木林があった。その雑木林の中に朽ち果てた洋館が建っているのだ。
     戦前はこの辺りを治めていた地主が住んでいたらしい。
     そのあとGHQに接収され、売春が廃止されるまで米兵御用達の夜の店として機能していたらしい。
    今は誰からも顧みられることなく荒れ放題だ。
     その屋敷には、妙な噂があった。
     この場所にガニュメデスがいるいうのだ。それはどうもここが小児性愛者専門の娼館だったことを示しているらしい。
     ここには美しい少年が集められ、夜ごと宴がもようされていたらしい。
     古代ギリシアの衣服に身を包んだ客人が、裸の少年たちを相手に秘め事をおこなう。まるで弟子である少年たちを愛する、ギリシアの男たちのように。
     ふと、屋敷の噂を思い出して行方不明になった彼のことを思う。
     煩い蝉の鳴き声。彼の笑い声。唇に残る、彼の感触。
     あの日の図書館の光景が、ありありと僕の目の前に映し出される。僕に突き放された彼は酷く悲しげな顔をしていた。
     ごめんねと、僕に謝った。
     その謝罪の言葉が許せなくて、僕は図書館を後にしていた。
     彼は何を思い僕にガニュメデスの話をしたのだろうか。後悔するようなら、どうして僕にあんな仕打ちをしたのだろうか。
     唇をなぞり、僕は顔をあげる。
     目の前には、錆びついた鉄製の門がある。無数の蔦で覆われたその門は、洋館への入り口だ。
     扉には鎖が巻き付けられ南京錠がかけられていた。その南京錠に真新しい鍵がついてるじゃないか。まるで、開けてくださいと言わんばかりに。
     ごくりと僕は唾を飲み込んでいた。
     そっと扉に近づき、南京錠に手をかける。夏の太陽に晒されていた鉄製のそれは、かすかなぬくもりを帯びていた。
     つるんとした表面を撫でていると、自分の掌に鉄の匂いが広がっていく。
     まるで血を触っているみたいだ。
     咄嗟に僕は南京錠から手を離していた。鎖にぶら下っていた南京錠は大きく揺れて地面に落ちる。
     南京錠が落ちる、鈍い音がした。その音を受けていっせいに雑木林の蝉が鳴き出す。
     じぃじぃ。
     じぃじぃ。
     まるで僕を責め立てるように、蝉は煩く鳴いてくるのだ。
     じぃじぃ。
     じぃじぃ。
     黄昏どきの空が暗くなっていく。周囲が闇に閉ざされようとしている。
     その闇に急かされるように、僕は門へと手をかけていた。
     
     

     濃紫に染まった空さがかすかに明るい。その明かりに照らされて、屋敷は惨めな様相を僕に見せつけてきた。
     どっしりとした彫刻の施された扉は扉枠から外れ、大理石の階段には枯れ葉が積もっていた。

    ←前のページ 現在 1/2 ページ 次のページ→

    1ページ目に戻る
    ▤ 目次ページに戻る


    お気に入りリストに追加 この作品を応援する

    応援ボタンを押す事で作品の★が増え、作者に「イイね!」を伝える事ができます。

    コメント

    作者紹介

    この作者の人気作品

    • 桜花夢
      桜花夢

      └  坂口安吾は言う。  人々が桜を愛でるようになったのは江戸時代からで、大昔は桜の花の下が絶景

    • 火の玉~或いは、この世で最も恐ろしいモノについての考察。
      火の玉~或いは、この世で最も恐ろしいモノについての考察。

      └このお話は、私にとってこの世でもっとも恐ろしいものを描いたお話です。たぶん、この世で最も恐いもの

    • 晴明百鬼夜行
      晴明百鬼夜行

      └ 世は平安時代。  桜に彩られた京の都では、毎夜妖たちにより百鬼夜行が行われていた。  そん

    • 猫と人魚
      猫と人魚

      └ 肉屋の軒下に、猫がぶら下っている。まるでその光景はテルテル坊主のようにも見えて滑稽だった。この

    • 陰の家
      陰の家

      └ かつて華族だった私は、敗戦とともにすべてを失いました。  母を米兵に殺され、その米兵たちに犯

    小説 ホラーの人気作品

    続きを見る