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シリーズ:桜花夢
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桜花夢

作者:ナマケモノ

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

     坂口安吾は言う。
     人々が桜を愛でるようになったのは江戸時代からで、大昔は桜の花の下が絶景だとは誰も思わなかったと。
     これは全くのでたらめだ。でも、彼の言にも一理ある。
     今から、そんな彼の言葉を裏付けるお話を皆様にしようか――


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    桜花夢 3811文字

     


    坂口安吾は自作『桜の森の満開の下で』夜桜をこう評している。

     ――桜の花が咲くと、人々は酒をぶらさげたり団子をたべて花の下を歩いて絶景だの春ランマンだのと浮かれて陽気になりますが、これは嘘です。なぜ嘘かと申しますと、桜の花の下へ人がより集まって酔っ払ってゲロを吐いて喧嘩をして、これは江戸時代からの話で、大昔は桜の花の下は怖しいと思っても、絶景などとは誰も思いませんでした――

     何ともまぁ、嘘をついてくれるものである。日本人は古来から桜を愛してやまなというのに。天照大神の孫である瓊瓊杵尊の后はコノハナノサクヤヒメである。この姫、何を隠そう桜の化身であり、富士山を本山とする浅間神社の主神でもある。
     桜の精でもあり、日本を代表する霊山の化身でもあるのだ。
     そして人を短命にした恐ろしき女神でもある。瓊瓊杵尊が彼女の姉である磐長姫を妻に迎えなかったばかりに、人の寿命は短くなってしまった。
     そして、女は嫉妬深い。山の女神はそれが顕著で、私の故郷である群馬の榛名山も女の山らしい。そのため、山に女が入ることはできない。大学のジェンダーの授業で、それは性差別だという意見がでたが、昔の人に言わせてみればお門違いもいいところだ。
     女を山に入れてみろ。女神の嫉妬によって、たちどころに祟られてしまう。
     そんな女神の嫉妬から女性たちを守るために、日本には女人禁制の山が数多くあったのだ。
     おっと、ここまで書いて思い当たる。
     坂口安吾の意見はとてつもなく最もだ。たしかに桜は美しい。けれど、近くで見るとその美しさに魂を抜かれてしまう心持ちになる。
     それもそのはずで、この桜は瓊瓊杵尊の心を射止めた美しき姫なのだ。嫉妬を内に秘めた、恐ろしくも美しい女神なのだ。
     そんな女神の下に行ってみろ。それはもう、気が狂ってしまって当たり前なのだ。
     さてはてつまらない戯言はこの辺りにして、奇妙な古書の話でもしましょうか。
    何が奇妙かって、あの紫式部と安倍晴明が共演してる、ちょっと怖い話が載ってましたのよ、これが。
     それがちょうどね、桜の話だったんだ。


     壺庭に満開の桜が植わっていた。
     夜に浮かび上がる白い桜を見て、式部はぶるりと身を震わせる。御簾越しに局から桜を眺めているのに、白い花の束が眼前に迫ってくるように思われてしまうのだ。
     あぁ、嫌だと彼女は文机に置かれた和紙へと視線を戻す。灯台の灯りがゆれて、和紙に映る式部の影を揺らしてみせた。
     あぁ、嫌だとまた式部は思う。
     亡き夫と見た鴨川の桜はあんなにも親しみやすかったというのに、この壺庭に植えられた桜はなんだ。
     暗闇にぼやりと狐火のように浮かびあがって、何とも不気味だ。
    そうそう、狐のような面差しをした、あのご老人のようではないか。
     陰陽寮に仕える安倍晴明。
     式部の雇い主である道長が大変気に入っている、当代きっての陰陽師だ。
     だが、式部は彼を好きになれない。
     人を見透かしているかのような、あの細目がなんとも嫌らしいのだ。
     とぉんとぉん。
     そのときだ。固く閉じられた遣戸を叩く音があった。
     びくりと、怯えた式部は纏っていた袿を引き寄せる。今日も、あの方がやってきたに違いない。
    「式部……。式部や……」
     甘い声が遣戸の外から聞こえてくる。式部は己の体を抱きしめ、音のした方向へと顔を向けた。暗い局の遣戸が灯台の炎によって、陽炎のように浮かび上がっている。
     とぉん。とぉん。
     叩かれる音が局に響くたび、ゆらりゆらりと炎がゆれる。
     びちぃり、びちぃり。
     御簾の外から、肉の潰れる音がする。
    「だから、やめて下さいと言うのに……」
     眼を歪め、式部は御簾へと視線を向けていた。
     そこには未だに暗闇に浮かび上がる桜があった。その桜が、大きな肉塊を鈴なりにつけているではないか。
     まるで柘榴のような形をしたそれが、びちぃりと割れる。
     内側から、粘ついた粘液を纏った女の生首が生まれてくる。割れた肉塊は花弁のように広がり、女たちの首を彩るのだ。
     桜になった女たちの首は、いっせいに眼を見開いて式部を見つめてきた。
    「睨まれても困ります。睨まれても、困ります……」
     式部の言葉を嘲笑うかのように、女たちはいっせいに笑声をあげる。 その声は、怯える式部を嘲笑っているかのようだった。
    「式部、どうした? 式部? どうしてここを開けてくれないんだ?」
     女の笑い声が聞こえないのか。遣戸を叩く人物は、戸の向こうから呑気な声をかけてきた。あまりの無神経さに腹が立ち、式部はぎっと遣戸を睨みつける。
     ――あぁ、道真様。あなたが私に手を出そうとするから、奥方を始め多くの女の生霊があの桜に宿って私を睨みつけているというのに――
     恨み言をぐっと堪え、式部は遣戸を見つけ続ける。そんな式部を、桜になった女の首たちが嘲笑う。
     道長が夜毎式部の元へとやって来るようになってから、あの桜には女たちの生首が生えるようになった。道長の奥方や、主である彰子も式部によそよそしい。同僚の女御たちにいたっては、式部をあからさまに避けるようになった。
    そんな彼女たちの式部に対する思いが、あの桜に宿っているに違いないのだ。
     ぶちぃり、ぶちぃり。
     嫌な音がして、式部は外へと顔を向けていた。首たちが、桜から取れて地面に転がっているではないか。
     ごろぉん、ごろぉん。
     首が弾みながら、局へと向かってくる。
    「ひぃ!」
     式部は思わず、声をあげていた。
    「どうしたのだ。式部?」
     式部の声に驚いたのか、道長はいっそう激しく遣戸を叩いてくる。
     うぅふぅふふふふ。
     首は不気味な笑い声をあげながら、簀子へと上り局に迫ってくる。生 首たちは、御簾に群がり、それを激しく揺らした。
     式部は嘲笑う生首たちを凝視する。ぐるっと大きな目玉を動かし、生首たちは楽しそうに怯える式部を眺めている。
     ぎぁあ!!
     そのときだ。悲鳴があがった。
     生首たちの群れが跳ね上がり、目玉が怯えに彩られる。そんな生首たちの中に、踊り入ってくるものがある。
     色の白い狐だった。子牛ほどもある大きなそれが、牙をむき出しにして生首たちに襲いかかっていく。
     びんびんびん。
     生首たちは跳ね上がり、狐から逃れようと蜘蛛の子を散らすように御簾から逃れていった。しなやかな四肢を動かし、狐は生首を負う。ぼぉんぼぉんと跳ねる生首の1つに食らいつき、その肉を食いちぎる。
     ぎゃああぁぁぁ! あぁぁぁああああああ!
     壺庭に女たちの悲鳴が響き渡る。
     唖然と、式部はその様を見つめていた。震える手で式部は内袴をぎゅっと握り締める。
     狐が怯える首の一つを追いかけていた。
     狐の歯牙が月光に冴え、首を引き裂いていく。
     ぎいぃいぃい!!
     悲鳴をあげるその首を前足で踏みつけ、顔面に牙を突き立てる。
     がぁあああああぁああああ!!
     首の悲鳴はなお一層、酷くなる。
     その悲鳴が消える頃、壺庭を転がっていた女の生首は、一つ残らず肉塊と化していた。首はすべて狐に引き裂かれ、ぱっくりと柘榴のような中身を月光に晒していた。
     うぉぉぉおおん。
     狐が鳴いた。
     引き裂いた首の上に前足を乗せ、狐は月を仰いでみせる。月は応えるように狐の体を白銀色に照らしてみせた。
     式部は、狐を見つめることしかできなかった。
     相手は、生首を食い殺した恐ろしい獣だ。それなのに、式部は狐を見て安堵を覚えていた。
     獣の切れ長の眼に、すぅっと眼が寄ってしまう。その細い目を、どこかで見たことがある。
     体を震わせ、狐は頭をこちらへと向けてきた。狐の眼が、炯々と刃の如く輝いている。
     ふっと狐は眼を歪め、笑ってみせた。
     式部は眼を見開いていた。その笑みが、とある老人に似ていたからだ。
     式部の心臓が高鳴る。
     ぐらりと視界がゆれて、式部の意識はそこで途絶えた。


     式部、式部――
     遠くで、道長の声がした。
     ふっとその声に式部は意識を取り戻す。ゆるゆると眼を開けると、心配そうに自分の顔を覗き込む道長の姿があった。
    「あっ……」
     声をあげて、式部は体を越していた。
    「何をそんなに驚いておる。酒の席で急に寝つきおって……」
     不満げに声をあげる道長を見て、式部はあたりを見回す

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