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安彦は波に漂うだけのうきをじっとみつめていた。
岬の古びた灯台が頼りなげな光で照らす海原は、安彦たちの乗る小船を激しく左右上下に揺らしている。
隣には哲也が船べりにしがみつき何度も嘔吐を繰り返していた。その様子を気にもせず長い髪をいじりながら、綾は恋人の孝行だけをじっと見つめている。
さきほどまで波は平穏で、小ぶりのいさきが数匹バケツに入る程度には釣りを楽しめていたが、海の表情は変わりやすい。
そろそろ船を引き上げようとすると安彦の浮きが揺れ、釣り糸がぐんっと海に引き寄せられた。握る竿の先がしなる。慌てる安彦に乗り合わせた漁師が導き、糸を切らさないようにハンドルを少しづつ回した。安彦は懸命に竿を引く。
海面に浮かんだ黒い影を網ですくうとずっしり重く大きな灰色の魚が見えた。えらは張りぎざぎざの歯をむきだして目はぎょろりとし、背びれはまるで骸骨のようだ。一見不気味だが、安彦には愛嬌があるように感じる。
「かわいい」
思わずぽつりと呟いた安彦にそこにいるみなが引いた。
「冗談だろ。気色悪い」
魚を覗き見た孝行と綾が眉根を寄せる。
「うっ、吐きそうだ」
青白い顔で魚を見ていた哲也はそれから眼を背ける。
魚は安彦を見ているように思えた。このままでは可哀想だ。安彦は魚を優しく網から取り出し微笑んだ。
「ごめんな。大丈夫だからな。海へお帰り」
海にそっと放すと灰色の体はすぅと波間に消えた。
あれは何ていう魚だったのだろう。
家路に着く車の中で安彦はさきほどの珍魚を思い浮かべていた。もともと山の集落に住んでいた安彦は魚に詳しくない。釣りも今回が初めてだった。
古ぼけたアパートに戻り借り物の空のクーラーボックスと釣竿を放り投げると一息つく。ラジオをつけダイヤルを合わせると、台風が発生していて夜半には関東を直撃すると雑音交じりに告げていた。安彦は食料がどれだけ残っているか調べた。いくつかの缶詰と冷蔵庫に食料がありほっとする。これならしのげるだろう。
あとは飲み物だなと財布をジーパンのポケットに押し込み、アパートの錆びついた階段をくだって表に出た。
生ぬるい風が体に纏わりつく。点滅する電灯の下に雨がみえ、降りが激しくなってきた。
急いで自販機から珈琲を買い帰ろうとすると、誰かの視線を感じる。電信柱の陰に裾の短い白のワンピースを着た一人の若い女がこちらを見ていた。一瞬焦った安彦だが女の姿に心惹かれた。
可愛らしい丸い瞳と小さな鼻。顎の線がくっきりした小顔。ふっくらとした艶のある唇。長い黒髪に青白い肌は透き通るようにみずみずしい。女は濡れたまま安彦の顔を見ると恥らうように俯く。女は裸足だった。
吹きつける雨が女の体をますます濡らしていくが、女はその場から離れようとしない。いよいよ大粒の雨が二人の体に叩きつけてきた。困惑したまま安彦は女に話しかける。
「あの、きみ。風邪をひいてしまうよ」
女は安彦を見つめたままだ。
安彦はとりあえず女を部屋に連れてきた。
女は背が高く体が大きい。反面その恥じらい振りと幼い顔、女性らしい強弱のある成熟した体の曲線の不釣合いさが魅力的に思えた。
安彦は見上げながら女に手ぬぐいを渡す。
「きみは、どこからきたんだい」
安彦も手ぬぐいで頭を拭きながら尋ねた。
手ぬぐいを頭から被り女はすき間からこちらを見下ろし顔を赤らめた。濡れて張り付いた女の乳房や乳首がワンピース越しに透けて見える。安彦は顔から火が出そうになり女を直視できなくなった。
慌てたまま箪笥から部屋着にしている寝巻きを二組取り出し、一つを女のそばのちゃぶ台にそっと置く。
「隣の部屋に僕は行っているから着替え終わったら教えてくれ」
安彦は隣の部屋に行き襖を閉めると、早鐘のように打つ胸に手を当てた。まだ動悸が治まらない。
「きみはどこからきたの?」
落ち着いてから彼女に改めて問いかけた。彼女はこちらを見つめるだけでなにも言わない。
困ったな。家出なのかな? しかし身一つの家出というのも奇妙だ。
「名前はなんていう?」
女は首を横に振る。
「困った。僕に名前を言いたくないのかい?」
また女は首を横に振る。
「まさか名前がないなんてことはないよね?」
女はこっくりと頷いた。思わず安彦は苦笑いする。
まぁ名前がないことにしたいのならそれでもいい。
強風と豪雨が飴色のガラス戸を激しくうちつけている。
家で親御さんが心配しているだろう。せめて電話でも。連絡をうながそうと黒い電話機に手を掛けた時だった。急に辺りが暗くなり、受話器も反応がなくなる。
停電だ。参った。電話線もどこかで切れたのだろう。安彦はろうそくに火を点け辺りを照らす。
今夜はとにかく彼女を自分の布団に寝かせ自分は畳の部屋に寝ころび目を閉じた。
夢に落ちていくさなか遠くでぴちょぴちょと変な音が聞こえた。安彦は暗闇の中音のする方へ導かれるように歩いていく。ふと目の前に丸い電灯が見えその光に吸い込まれそうになった。
眩しさに重いまぶたが反応する。薄っすら目をあけると朝だった。部屋中にいい匂いが漂う。
お腹すいたな。
辺りをみまわすと、台所で母親が置き忘れた割烹着をつけた女が朝食の準備をしていた。その姿が可愛らしく安彦の心臓は跳ね上がる。女は笑顔で安彦をちゃぶ台の前にうながした。
母以外の女性を家にあげたことがない。それなのに昨日は泊まらせて今朝この状況にある。
冷蔵庫にある材料からわかめの味噌汁と鍋で炊いたばかりのご飯が湯気をあげ、赤いソーセージと目玉焼きが目の前に置かれていた。女はお盆を持ってこちらを見つめ座っている。これは一晩泊めたことのお礼なのだろう。安彦は遠慮なくいただくことにした。
味噌汁を口にすると磯の香りがいつもより強めに感じ、心が癒された。御飯も一粒一粒が立ち、口に含むと甘さが口いっぱいに広がる。女はそっと白い腕を伸ばすと安彦の頬についていたごはんつぶをとり自らの口へ運んだ。一瞬のことに安彦は頬が熱くなる。
「家族が心配しているといけない。食べたら家に帰るんだよ」
安彦の問いかけに女の顔が曇り俯き首を小さく横に振る。そして酷く悲しそうな顔をした。
落ち込む女に胸を痛めた安彦は「わかった。それなら好きなだけうちにいたらいいよ」と笑顔を送った。
「ただ、いつまでも名がないのは困る。うーむ。そうだ、色白で美人だから白艶(しろつや)と呼んでもいいか?」
白艶はぱっと顔を上げ頬を赤らめる。名前をつけてくれたことがよほど嬉しかったのか、にっこりと微笑んだ。笑うと丸い頬にえくぼができる。安彦の胸の奥が疼いた。
安彦は白艶を家にしばらく置くことにした。もうすぐ夏休みが終わる。
昼間商店街に買出しに出た安彦は自治会の掲示板にあるポスターに目が留まった。どうやら明日花火大会があるようだ。
安彦は少し心を躍らせつつ近くの商店街の洋服雑貨店に寄り、白艶に似合いそうな浴衣と先端が丸い髪飾りを買った。白艶は手鏡に映った自分の浴衣姿にコロコロと笑った。ちりんと赤い風鈴が音を鳴らす。
翌日、小雨がまたぱらつく中、花火大会を兼ねた近所の祭りに二人で出かけた。一つの傘に二人で入る。二人の距離は自然と縮まるように感じた。
商店街のはずれまでくると駐車場の近くにバイクが数台止めてあり、少し強面の男たちがたむろしている。
「兄ちゃん、可愛い女の子連れてるじゃんか」
野次をとばされて囲まれそうになる。白艶は安彦の後ろに隠れ身を震わせた。
「行こう」
安彦がその場をすりぬけようとすると、男が白艶の腕を乱暴につかんだ。白艶は首を左右に振る。体が大きいといっても女だ。力でかなうわけがない。
「やめてくれ」
叫ぶ安彦は男にはりたおされて傘ごと道に転がった。男たちは白艶の抑揚のある体つきに息を呑む。幸いなことに祭りの警備をしていた警官がこちらに気づき「なにをしている」と叫びながら走りよってきた。「逃げろ!」と男たちは焦りその場から散る。
傷だらけになった安彦は白艶のところにすぐ飛んでいき、腕をそっととった。
「大丈夫か? 痛くなかったか?」
白艶は涙をにじませると首を横にふる。しかしまだ小刻みに手が震えていた。
2016/11/09 23:30:10
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2016/09/24 01:11:35
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└これはとあるサーカス団のお話。みなさん、ピエロの顔はどうして“白”なのだと思いますか?それは、とてもかなしい理由があったのです…。
└悪徳医師と悪徳興行会社に操られ、奇妙な興行をさせられる男。裏稼業で莫大な富を手にする男。男の運命は壮絶な最期を迎える。
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└中国人の嫁を貰った。周りはいろいろ言うけれど、家族会議と迷信深いのぐらいで特に困ったことはない。しかし宝くじを買って帰るといきなり嫁がそれをひったくって燃やして…
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