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試合前、髪をきっちりを後ろになでつけたスーツの男が数人、ノックをした後控えめに峯田の控え室に入ってきた。
浮葉が何の御用でしょうかと訊ねると、彼らの一人が前に出た。
「浮葉さんですね」
「……そうですが」
てっきり、選手である峯田に用事があるものと思っていたので、浮葉は少し身構えた。
「はじめまして。私たちは、今年のすさのお祭の実行委員です」
峯田はほとんどスーツの男たちの視界には入っていなかったが、彼らの会話は勝手に聞いていた。すさのお祭、聞いたことがある気がする。浮葉はそうですか、と興味なさそうに言った。
「どうやら、健康に問題は無いようですね」
「……はい?」
「顔色もいいし、痩せすぎても太ってもいないし、何より、美しい人だ」
「私がですか?」
浮葉は今伊達眼鏡も外して顔を出していた。その顔が少し歪む。
「正式な話は、後日。それでは失礼します」
一方的に話を終えると、彼らは部屋を出て行った。
振り返って峯田が見た浮葉からは、特に感情が感じられなかった。今のできごとなど、無かったかのようにいつもの眼鏡をかけ、パーカーのフードを被り顔を隠す。
「ねえ、今のは何だったんだろ?」
峯田は、同席しておいて何も言わないのは逆に失礼かと思って、一応聞いてみた。浮葉からは、案の定知らない、と一言だけ帰ってきた。
顔を隠した浮葉の視界は狭い。
峯田はそっと近づいて、浮葉の隣に座った。
「浮葉は、未だにぼくのことをなんの事情も知らない一般人だと思ってるだろ。全く、今ぼくは、帯刀よりも事情に通じてると思ってるくらいなんだから」
にっこりと笑って見せた。
「顔を近づけるな。隣に座るな」
浮葉は立ち上がった。峯田は実際に逃げられたことに少しショックを受けつつも、
「好きになっちゃう?」
と軽口を叩いた。
「浜麦に誤解させたくない」
浮葉は真面目に答えた。
「へえ! 浮葉がそんなこと言うなんて。ぼくよりも麦のことを知ってるね」
「まあな」
「あっ、ちょっと悔しい」
「……」
浮葉はじっと峯田を見た。浮葉は、付き合いだけなら峯田よりも長いが、おそらく個人的な付き合いはほとんどしていないはずだ。先日、二人で飲みに行ったのもはじめてだというようなことを言っていた。
「童貞の妄想に胸焼けしたけどな」
浜麦のいないところで、彼が話したことを聞くのは良くない気もしたが、好奇心が勝った。
「この前、どんな話したのか聞いてもいい?」
「お前のために、今年キッカーで総合優勝したいそうだ」
「へ? ぼくのため? なんで?」
「俺からお前に別に言っても構わない、と言われたが、どうしようかな」
「えっ、浮葉のくせにぼくを焦らすの」
「俺のくせにとはどういうことだ」「すみません」
浮葉は峯田を小突こうとしたが、峯田は身を引いた。
「優勝すると、賞金が出る」「出るね」
峯田にとって優勝することは自分の役割ではない。ので優勝したらどうなるのか、詳しくは知らない。知ってしまうと自分が惨めになりそうに思ったからだ。
「その賞金で、石川さんとこのホテルの最上階のレストランを予約し、副賞のホテルのスイートルーム宿泊券をお前と一緒に使いたいそうだ」
「うえっ、あの百万円するホテル?」
「ん……、知ってたのか、値段」
「あれっ、もしかしてぼくは知らないってていだった? 麦には言わないでね」
「まあ、あいつは知らないと思ってるから、そのつもりでいろよ。ちなみに、日は12月24日。石川さんにはもう話を付けてあるそうだ」
「12月24日? なんか引っかかる日だね」
「クリスマスイブというやつだな」
「ああ、聞いたことある。サンタさんが来る日だね。うちは貧乏だから来なかったけど。って、ええっ?」
峯田は多少大げさに驚いた。
「クリスマスイブに、ホテルの最上階で食事してホテルのスイートルームに泊まるって、それぜったいエッチするコースじゃん! そんな童貞が考えるようなリア充プラン、よく考えついたね」
「胸焼けするだろ」
「うん」
「まあ、あいつは石川さんの切り札だし、多少無理は言えるんだろうな……」
「叶うといいね、それ」
「まあ、優勝出来るかどうかはあいつ次第だしな」
浮葉は、そんな浜麦を応援するそうだ。
「っていうか、麦って童貞なのかな? 普通に人間社会で育って、今大学生なんだろ? 時々女の子からも電話がかかってきてるみたいだし、モテそうなのに」
「はっきりとは聞いてないが、お前の方が知ってるんじゃないのか」
「うーん、聞いたことないな。文学部だから、周りに女の子が多いだけかも? 最近の若い子は性が乱れてるからね。特定の恋人が出来たことがないからって、童貞とは限らないよ」
「お前も『最近の若者は』とか言う年になったんだな」
「うん、そういうこと言える年になるの待ってた」
「しかし、それを信じたわけじゃないが、お前がしっかりしないと、すぐに誰かに取られるぞ」
「……」
峯田は言葉に詰まった。
「それもいいかも、と思ったか?」
「まさか」
峯田は営業用の笑顔を見せた。
***
家に帰ると蚊鳴屋帯刀と、棗(なつめ)が揃って台所に立っていた。
「あれ、今日はもう店を閉めたの?」
峯田が声をかけると、帯刀が不思議そうに振り返った。
「何言ってんだ、もう8時だぞ」
「あ、ほんとだ」
「今日は丸太町じゃなかったのか?」
「うん、今日はフリー。ごはん、ぼくのぶんもある?」
「ああ、食え食え」
帯刀の前であまり食事をしないせいか、彼は峯田に何かと食べさせたがる。待っているだけというのも申し訳なかったので、茶碗にご飯をよそっていたら、味噌汁用の器に白米をつけてしまい、結局彼らの仕事を増やした。
棗は、蚊鳴屋でアルバイトをしている大学生で、黒髪に黒目の大きい伏し目がちな瞳と、心中自殺でもしそうなくらい儚い面影をしているが、実際は結構どんな話題にも口を出す博識で好奇心の強い男だ。帯刀は彼を気に入っているのか、一人暮らしの彼によくこうやって食事を作ってやったりしている。
「帯刀、すさのお祭って知ってる?」
食事中、峯田が何気なく聞くと、帯刀は箸を止めて驚いたように峯田を見た。
「どこからそんな言葉仕入れてきたんだ」
まるで、はしたない言葉を責める親のようだ。
「え? いや、浮葉のところに、その実行委員だかなんだかって人が来たんだけど……」
「すさのおって、スサノオノミコトのことですか? でもすさのお祭っていのは聞いたことないです。京都のお祭りですか?」
棗が帯刀に訊ねたが、彼は答えなかった。何か真剣に考え込んでいる。
あまりここで話題にしてよかった話ではないことを察し、峯田と棗は無理矢理に話を変えた。
棗が帰った後、部屋でくつろいでいた峯田に、スカイプの呼び出しが来た。峯田はそれには出ずに階下に下りる。
「どうしたの?」
「すさのお祭っていうのは、雷の妖怪を閉じ込めたすさのお石という石を祀る儀式だ。毎年行うわけではなく、春から夏の気候が荒れた年などにやっていたらしい」
「へえ」
突然にそう言われて、峯田は戸惑った。軽く話題に出したはいいが、後で呼び出されてまで答えられると思っていなかったのだ。
「祭りの日、事前に石に選ばれた者が、その日から一年間、石の妻となる、その契を結ぶ儀式だ」
「妻ね」
「……峯田」
「何?」
「頼みがある」
帯刀は真面目な顔だった。
***
一週間後、また試合前。峯田がストレッチをしているとノックをして入ってきたのは浜麦だった。
彼が控え室まで来ることは珍しい。浮葉もいなかったので、峯田はニッコリと笑いながら彼とスキンシップを取ろうと両手を広げて近づいた。けれど、浜麦はじっと峯田を睨んでいた。
「あれ、どうしたの? 怒ってるね?」
「い、い、生贄に、自ら立候補する人がいますかっ!」
「ほぁ?」
浜麦はそれだけ言うと、キッと上げていた眉毛を下げて、悲しそうな顔をした。
「すさのお祭の白羽になったって、本当ですか?」
「ああ、それ。話が早いね」
「どうしてですか? 白羽は、巫女がすさのお様の意を聞いて決めることじゃないですか」
「でも、立候補者がいれば話は別だろ。祈祷代払わなくていいし、昔はともかく、今は白羽になったからって、本当に生贄になるわけじゃないから大丈夫だよ」
2013/10/08 07:21:31
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2013/10/08 23:56:07
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