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シリーズ:ナミダのアジは…
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ナミダのアジは…

作者:Hiro

  • 無料作品 有料作品:¥0(税込) R18
  • 編集協力者:

    作家志望の若者のお話です。
    やや暗めの作風ですが、喜んでいただければ幸いです。

    ご意見・ご感想などはお気軽にどうぞ。


    登録ユーザー星:6 だれでも星:1 閲覧数:174

    ナミダのアジは… 10637文字

     

     デジタル時計の表示は十八時を表示している。
    「まだ大丈夫。余裕があるくらいだ」
     そう自分に言い聞かせながらも、キーボードを叩く動きは緩めない。
     原稿の枚数を残り時間で割ってみる。
    「だいたい一枚にかけられる時間は……」
     増減を繰り返す文章に、その計算に意味はないよう感じた。
    「それでも目安くらいにはなるさ」
     自分に言い聞かせまたひとつ文章を修正する。
    「大丈夫、大丈夫だからあせるな」
     心拍数が上がり、平静とはどんどんかけ離れていく。
     目の奥が痛い。手首や肘にも疲れがたまっている。
     それでも自分の書き上げた物語を確認していく。
     前後の文章は被ってないか。
     同じ表現を繰り返していないか。
     登場人物の名前を間違えてないか。
     文章はもっと簡素にならないか……。
     一語一語を睨み付け、時々ネットで単語の意味を確認する。築三十年のアパートにタイピング音だけが響いていく。
     そうするうちにジリジリと胃が痛くなってきた。
     そういえば昼を済ませてからは何も食べていない。でもまだ休憩には入れない。いま休めば間違いなくペースが崩れる。
    「大丈夫、あと少し、少しの我慢だから……」

     やがて、時間が経過し推敲が完了する。
     文章の最後が〈了〉で締めくくられていることを確認してから『Ctrl+S』(ショートカット)でテキストを保存する。
    「いよっし、完成。間に合った!」
     ガラにもなくで拳を握りしめる。
     時間はまだ二十一時。電波時計を見ているので「実は遅れていました」なんてベタなオチはない。電池切れも時間が遅れるよりも先に表示が消えるので心配しなくていい。
    「日付が変わるまであと三時間。これなら大丈夫!」
     本日締め切りのD小説大賞は、消印有効なので二十四時までに郵便局にもっていけば間に合ったことになる。だが、それまでに残りの作業を済ませなければならない。
     USBを差し込み、ノートパソコンとプリンターを繋げる。念の為、原稿の形式が間違っていないか確認。
    「四十二文字× 三十四行になってる…大丈夫」
     若干近所迷惑な音をあげながらも、A4の紙にインクがふきつけられていく。
     それを確認しながらようやく、一段落できたと休憩することにした。

     作品(それ)は投稿用にと先月末から大急ぎで書き始めたものだった。本当はもっと前から準備をしていた別の作品があったのだけれど、ふと別の新しい話を思いついてしまったのだ。どちらがD大賞に似合うか考えた末、それまで執筆していた作品を一時封印し、新しい作品に取りかかることに決めた。
    「そもそもプロになれば生産量も問われるんだ」
     そんな考えも作品を切り替えるきっかけとなった。
     しかし、面白くなると思っていた新作は、最初こそ順調に書けていたものの、徐々にペースが落ち、物語を完結させるまでに何度も頓挫することとなった。
     その間、手を止めているよりはと、封印したはずの作品に戻ったり、やはりあちらを進めるべきだと新しい作品を進めたりと行ったり来たりを繰り返してしまった。一時は両方とも投稿しようかとすら考えた。もちろん時間の猶予がそれを許してはくれなかったけれど。
     かろうじて仕上がったのは後から書き始めた一本きり。それもいまのいままでまでドタバタする羽目になった。そのせいで人に意見を求めたり推敲を頼んだりすることもできなかった。もっとも意見を求められる友人なんてネット上にしかいないのだけれど。
     自分で行った推敲は信用できない。もう一度すれば誤植が出てくることは間違いない。そんな自信なんていらないんだけれど。
    「もう一回確認してるだけの時間はもうないな」
     徐々に減っていく残り時間に急かされ次の準備にとりかかる。締め切りに余裕を持てなかったのは、どう考えても自分の責任。悔しいけれど、これも実力と諦めるしかない。
    「一本の作品に集中して、推敲を重ねて、完成度を高めるべきだったんだ」
     頭ではわかっていても、未練と優柔不断がたたり遠回りをしてしまった。自らの失敗を思い返すと、急激に投稿する意欲が衰えてくる。
     それを機に頭の隅にこびりついた自らが克服できていない、いくつもの弱点が絡みつく。
     文章力がない。
     構成力がない。
     人物がちゃんと魅力的にかけない。
    「いいや、大丈夫大丈夫だ」
     自分に弱点があろうとも、とにかく投稿するんだ。そうしなければ始まらない。スタートラインについたことにすらならない。後悔は公募が終わってから考えろ。
     絡みつくネガティブな感情から抜けだそうと必死に前を目指す。
    「努力が報われるなんて信じちゃいない。だけれど、完全に無駄なこともまたないんだ」
     祈るように自分に言い聞かせる。
    「神様なんて信じちゃいないんだけどね……」

    「全部印字するのに二十分くらいか。いまのうちに何か食べておくか」
     そう思ったものの、残念ながら最後のカップ麺はすでに食べ終えていた。昼からずっと食事をしなかったのは、すぐに食べられるものがなかったせいもある。
     インク切れや紙詰まりが起きる可能性を考えると、印字が終わるまで部屋を離れたくはない。米を研いで炊きなおすには一時間以上かかる。となると冷蔵庫にあるものでなんとかするしかないのだけれど……中にはマヨネーズしか残っていなかった。
    「ダイレクトにすするのは勇気がいるなぁ」
     そこまで空腹がキツイわけでもないしもう少し我慢しよう。郵便局に行った帰りに美味い物食べて帳尻を合わせればいいさ。しかし、このまま作業をしていれば途中で音をあげかねない。何か口にしなければ。
    「とりあえずは糖分か」
     スプーンに砂糖をすくってなめる。こちらはマヨネーズとは違い抵抗感なくいけた。
     ザラッとした感触と甘みが口のなかに溶けていく。それで胃は膨れないので、水道水を飲んで誤魔化す。
    「そういえば、名人は紅茶にブドウ糖とレモンを大量に入れてたっけ」
     ふと将棋漫画にでてきた将棋の名人のことを思い浮かべる。つられて、その物語の主人公のことも一緒に。
    「主人公はブドウ糖からラムネを作ってたな」
     それは中学生でプロ棋士になるという偉業をなしえた少年の物語だった。
     複雑な事情を抱えながらも一人暮らしを始める主人公。彼はプロ棋士として闘いながらも高校へ一年遅れで復学する。将棋の才能はあれど、彼は学校(そこ)ではただの友人のできない孤独な少年だった。そしてそれが足かせになるように将棋でも負けが続き悩み苦しんでいくことになる。そんな彼の闘いは時々読むのが辛くなる。それでもそんな彼から目を離すこともまたできなかった。
     行き詰まっている主人公に自分を投影したのかもしれない。既にプロとして活躍する主人公に、自分を見立てるのははなはだ不釣り合いだとわかってはいるのだけれど。
    「僕もプロになれるかな」
     畳みに横たわり、天井の木目を見上げる。
     小説家になりたいと願い、小説を書き始めてどれだけの時間が過ぎたか。
     何度も挫折と失敗を繰り返しながらも、まだその道は諦め切れていない。
     ときどき他の選択肢があったのでは、なんて考えが頭によぎる。
    「『なれるか』じゃない、なるんだ。絶対に!」
     両手で頬を叩き、弱気をはじき落す。
     応募作品が絶対入選すると言えるだけの自信もないクセに。

     どこからかトントンと、小さな音が聞こえた。
     ドアを叩く音……ではない。
     もっと小さくてリズミカルな……。
    「まな板で包丁を叩く音か」
     多分となりの住人が料理をしているのだろう。壁が薄いせいで、うっすらと鼻歌まで聞こえてくる。
    「となり、どんな人が越してきたのかな」
     先月までは空だった部屋に、いつの間にか住人がいた。まだ直接会ったことはないけれど、物音で新しい人が来たことには気付いていた。
    「なんの歌だろう、聞き覚えはあるんだけど……」
     記憶の糸をたどっていると、不意に自分の部屋の異変にきづいた。どうして隣の部屋の鼻歌なんてきこえるんだ。
    「しまった、紙切れか」
     見ると、あと少しで終わるというところでプリンターは止まっていた。
    「ふぅ」
     用紙の補充を終えると、再び騒音を立てながら印字がはじまる。
    「出てる分だけさきにチェックしておくか」
     プリンターが必ずしも、綺麗に印字してくれるわけではない。特に僕のプリンターはかなりの年代ものだ。何十枚と印刷するのに汚れがまじらない訳がない。

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