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“百合モノ”+“人外モノ”です。
怖くないのでホラー小説コンテストへの参加資格はないのかもしれませんが……。
よろしくお願いいたします。
その頃、私たちの学校の緑が日増しに濃くなっていたのを覚えています。
それまでも校庭や校舎脇の池の周囲などに草木は植えられていたのですが、心を込めてお世話する人がいなかったからでしょうか、特に目にとまることはありませんでした。
ところが、ある人が転校してきてから、学校中の植物が瑞々しく目に映りだしたのです。校門を通り抜けて校舎に至る短い並木道では、ケヤキやクスノキが色を深くした葉を広げていました。校舎から体育館や裏門へ抜ける小道の脇では、ツツジやシバザクラ、サルビアが鮮やかな花を咲かせていました。
「おはようございます、ミヅチ先輩!」
早朝の校庭にその人の姿を見つけ、私は大きな声であいさつしました。
私としてはできる限り早く登校したつもりだったのですが、ミヅチ先輩はもう花壇の手入れを終えようとしていました。
「アイちゃん、おはよう。早いのね」
ミヅチ先輩が私に向かって微笑みます。
背が高くスラリとした体をまだ着古されていない制服に包み、サラサラの――枝毛の一本も無さそうな――黒髪を肩の下まで伸ばしたミヅチ先輩は、まるでファッションモデルか何かのようです。スッと伸びた鼻梁の上で優しく細められている切れ長の目に見つめられて、私の頭はポーッとなり、胸はドキドキしてしまいました。
「どうしたの? 熱でもある?」
「な、なんでもないですっ」
あわてて誤魔化すと、さりげなくミヅチ先輩と目を合わせないですむ位置に移動しました。目を合わせてしまうと、さっきみたいに上手くしゃべれなくなってしまうから。
「お手伝いをしようと思って、がんばって早起きしたのに……。ミヅチ先輩は起きるのが早すぎですよぅ」
「あらあら、そうだったの。アイちゃんの気持ちだけ受け取っておくわね」
ミヅチ先輩はトートバッグの中に、剪定鋏やスコップなどの園芸用品をまとめてしまいました。
ミヅチ先輩が転校してきたのは半年前。それ以来、いつも一人で植え込みや花壇の手入れをしているのを登下校の時や休み時間に見かけます。クラスメイトは「なんだか暗そうな先輩」と言いますが、まるで草花とお話ししているような姿は私にはとても素敵なものに感じられました。
お手伝いしてみたいと思いながらも勇気がなくてなかなか声をかけられず、ようやくごあいさつできるようになったのが先々月、軽い立ち話をできるようになったのが先月のこと。先週、放課後に意を決してお手伝いを申し出たものの「一人でできるから」とあっさり断られ、帰宅してからベッドの中で涙ぐんでしまいました。
クラスメイトに相談すると「ああいった暗そうな人は押しに弱いはず」とアドバイスされたので、今朝、既成事実を作るべく早起きしてきたのですが……。
「がっかりです」
肩を落とす私を見て、ミヅチ先輩はまた微笑みます。
「うふふ、ごめんなさいね。……ねぇ、アイちゃん。お昼ごはん、二人で食べない? アイちゃんの朝の時間を無駄にしちゃったおわびに、飲み物をごちそうするわ」
一瞬、耳を疑いました。まさかの先輩からのお誘いです! 私は飛び上がるように喜んで承諾しました。
「ほ、本当ですか!? ぜひ、ご一緒したいです! あっ、で、でも、飲み物につられたわけじゃなくて! ミヅチ先輩とお昼を食べたいという純粋な気持ちで!」
「うふふ、わかってるから大丈夫よ。じゃあ、場所はね―――」
ああ、やっぱりミヅチ先輩は素敵な方でした。約束をしたわけでもないのに、勝手に早起きした私なんかのために気を使ってくださって。
もちろん午前中の授業は上の空。お昼休みのチャイムが鳴ると同時に、そそくさと教室を後にしました。目指すは校庭の大ケヤキの下のベンチです。
樹齢百年以上といわれる幾重にも重なった枝葉がつくる居心地のいい影の中、私は腰掛けました。ミヅチ先輩はまだ来ていませんでした。キラキラとした木もれ日がベンチを取り巻くように降り注ぎ、まぶたの裏に残影を投じます。
しばらくすると、先輩が飲み物とお弁当の袋を持って校舎の方から現れました。
「ごめんなさい。待たせちゃったかしら」
「そんなことないです! 私も今、来たばっかりです!」
私があわてて立ち上がろうとすると、先輩は小さく手で制しました。
「そんなに緊張しないで、ね? 飲み物は紅茶でよかった?」
「は、はい! ありがとうございます!」
差し出された白く細い手から紙パックの紅茶を受け取ると、結露の湿り気が私の指を濡らしました。冷やりとした感触は、跳ね上がっていた心拍数を少し落ち着けてくれます。
「紅茶を買ってきてくださるなんて、まるで今日の私のお昼がサンドイッチだって知ってたみたいですね。紅茶とサンドイッチってよく合いそうです」
私はいそいそと自分のお弁当を開きました。ハムサンドとタマゴサンドとツナサンド。ごく普通の何の変哲もないサンドイッチで少し恥ずかしかったのですが、いただいた紅茶がピッタリだってことを伝えたくて、よく見えるように二人の間に置きました。
こうなるとミヅチ先輩のお弁当が気になります。でも、先輩は恥ずかしそうにしているばかりで、紫色のふろしきに包まれたお弁当箱をなかなか開いてくれません。
「自分で誘っておいてこういうことを言うのもなんだけど……、私のお弁当を見てもビックリしないでね」
少し不安そうな声と共にふろしき包みが解かれ、お弁当箱のふたが取り除かれました。中には、イクラとウズラのゆで卵とニワトリのゆで卵――卵ばかりが何の料理もされずにそのままの形で入っていました。
「ミヅチ先輩って卵が好きなんですか?」
正直、ちょっとビックリしました。でも、きっと新しいダイエット法なんだろうな、などとその時の私はのん気に考えていました。
「ええ。とっても」
私があまり驚かなかったからでしょうか、先輩はいつもの静かな表情を取り戻すと、箸で器用にイクラを口に運び始めました。イクラを食べ終わると、箸はウズラのゆで卵へと移ります。よく見ると、口の中に入った卵は感触を楽しむように舌の上で転がされた後、噛まずに飲み込まれているようでした。ニワトリのゆで卵までもが噛まずに飲み込まれるのを見て、私は先輩の細い喉に卵がつかえないか心配になってしまいました。
「やっぱり私の食事って変かしら?」
口元をじっと見つめる視線に気づいた先輩が、眉を寄せて少し困った顔になりました。
「い、いえ! ただ、ずいぶん斬新なダイエット法だなぁと思ったりしたもので……。最近、私もダイエット必要だなぁって感じてるので、参考にしようかなと……」
「あら、アイちゃんにダイエットなんて必要ないわよ」
困り顔をゆるやかな微笑みに変えた先輩が、おもむろに私の手を取りました。
「暖かくて柔らかくて女の子らしいアイちゃんの体。ダイエットなんてしたらもったいないわ」
さっき触れた紅茶の紙パックなどよりももっと冷やりとした感触が、私の手を包み込みます。こんなに冷たい体をした人が生きていられるものなのでしょうか。この世のものでないような悪寒のする冷たさ……。先輩の手が私から体温をどんどん奪っていき、意識も共に奪われていくような気がします。朦朧とし始めた私は残された意識の中で、やっぱりミヅチ先輩みたいに素敵な人は私なんかとは体の温度からして違うんだなぁ、などと考えていました。
「アイちゃんってば、本当にかわいい」
気がつくと先輩の顔が目の前にありました。先輩と私の間にあったサンドイッチと紅茶はどこへ行ったのでしょう。ベンチの下に落ちてしまったのなら、ちょっともったいないです。
「眉の上できちんと切り揃えられた前髪も、血色のいい薄紅色のほっぺたもとってもかわいい。でも、一番かわいいのはくりくりした大きな瞳。初めて見た時、びっくりしたわ。なんて黒い瞳なんだろう、なんて綺麗な瞳なんだろう。他の子にはない輝きを放っていて、吸い込まれそうで。そして……とってもおいしそうで……」
どうしてミヅチ先輩が私に向けて口を開けているのでしょうか。顎がはずれて大きく開いた口の中にはびっくりするくらい長く鋭い犬歯が生えていて、その合間で二股に分かれた舌がチロチロと動いています。チロチロと舌が私の左目に伸びてきて―――。
2013/11/22 18:25:51
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