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ブラインドの隙間から、黄金色に染まった空が細く入り込む。高層ビルの上階に位置するそこは、周囲に遮るものはない。
夜景や朝焼けは言わずもがな、昼の景色も価値がある。からりと晴れた雲一つない青空に聳え立つ高層ビルは人間の傲慢さそのもので、自身も同等の場所にいるというのにとアランは呆れてしまう。
だが、見晴らしだけはいいはずのそこは、今はブラインドで締め切られている。
まもなく陽は沈み、夜がやってくる。会社は営業を終了するが、街はまだ眠らない。立派な社長室でくつろぐアランもまた、その街の住人―住人たちを率いる男であった。
そもそもグランデ・ノイ社は、表向きは大手総合建設業を営む会社で、その実態はここらの地域を縄張りとするマフィアの根城であった。元は自警団だったコモド一家が時代とともに形を替え、今では国有数のファミリーの一つとなっていた。
会社の事業は建築に留まらず、生きるために不可欠な水の確保、荷物を運ぶ道路の整備、様々な仕事を請け負っている。アランは四年前先代からボスの座を引き継ぎ、更に規模を大きくしてきた。
「サーレファミリーの存在が郊外で見られましたが、目立った動きはないので暫く監視をつけます」
「わかった」
側近のティントから報告を聞き終え、アランは背もたれに身を預けた。軋む音に細く吐いた息が重なる。
身長は一八○センチ程度で、筋肉質とは言い難い体格。ブロンズの髪と同じ色の瞳。強面とは縁のない顔立ちは、マフィアのボスよりも紳士と評される方が多い。
豪快、剛胆の言葉が似合う先代とは似ても似つかないのはコンプレックスであり、舐められる要因の一つでもあった。今のところ他のファミリーから目の敵にされることもなければ、内乱が起きる可能性も低い。もっとも、連中が厚い面の下で何を考えているかはわからないが、取り立てて言うほどのことでもない。
舐められようが、荒くれ者のトップに立って四年が経つ。先代の右腕だった期間を含めれば十年以上この世界に属しているアランを、見た目で舐めてかかれば痛い目を見るのは明らかだ。
完全無欠の冷血漢が、正しいアランの評価だろう。アランに災いがふりかかる前に大勢の兵隊と幹部がおり、アンダーボスが常に目を光らせているから、そう評価できる者は少ないけれど。
「それと、売人紛いのことしていたガキ共ですが、我々以外の介入により今は大人しくしています」
「私たち以外、か」
目を眇めたアランに、ティントが口籠る。
ティントの反応だけでその正体に行き当たり、アランは溜め息を吐いた。これを良しと取るか、問題とするか判断が尽きかねる。否、ファミリー以外の者に大きな顔をされるのであれば大問題だが、相手が相手だけにいそうとも言い切れないのが頭痛の種だ。
「最近静かだと思ったが、報告が上がっていなかっただけか」
「申し訳ありません。担当の者も、収集がつくまで気づかず……」
「いや、いい。気づいても、あれを止められるとは思えん」
再び吐きかけた溜め息を止め、アランは視線だけを動かした。ティントも何かを察したか、社長室の外を見る。
厚い扉の向こうから言い争う声が聞こえてきて、今度こそアランは溜め息を吐き出した。
「お待ちください!」
「入るぞ」
ノックもなく扉を開き、許可も取らず当たり前のように入ってきた男は、アランを見つけ片頬を器用に釣り上げた。
アランよりも十センチは高い身長に広い肩幅。大柄なティントよりも存在感のある男はアランの頭痛の種であり、ファミリーが扱いに困る先代の遺児であった。
開きっぱなしの扉から顔を悲観に震えた護衛が見え、申し訳なさを隠しながら手を振って下がらせた。
「フレッド様、ここには立ち入らないよう申したはずです」
「あんたに用はない。そんなことよりも、いい加減俺をファミリーに入れろ」
「駄目だ」
間髪入れない拒絶の言葉にフレッドの眉間に皺が寄る。ただでさえ威圧感のある男の凶暴さが増し、肩を掴もうとしたティントの手がビクリと跳ねる。
先代の息子だけあって大したものだが、子供の頃を知っているだけに虚勢を張っているようにしか見えない。
背後のティントを鬱陶しげに払いながら、フレッドはデスクの前まで来ると片手を着いて身を乗り出した。
アランはティントに視線で下がるよう告げ、納得いかない顔のまま一礼して去る背中を見送った。
「あんたが俺に入る資格はないっつうから―」
「悪ガキ共を制して、それを功績として認めろ、と?」
「なんだ。知ってんじゃねえか」
にやりと笑うフレッドに、アランはどうしたものかと頭を悩ませた。
先代が存命の頃からフレッドは将来ファミリーに入るのだと宣言していた。先代は笑って流していたが、一度も認めてはいなかった。そして―
「真っ当な道を歩んで欲しい、先代の遺言だ。お前をファミリーに入れるつもりはない」
何度も口にした台詞を突きつける。
直後、デスクが音を立てた。
両手でデスクを叩いたフレッドは眉をつり上げ、ぎりりと歯を食いしばっている。
自分の思うようにならないと物に当たるところは、子供の頃から変わっていない。あの頃と違うのは、どんなにフレッドが言ってもアランがそれを叶えるつもりがないことだろう。
フレッドと出会ったのは、十年ほど前になる。若いながらに先代の側近をしていたアランに、突然フレッドと引き合わせ彼は言ったのだ。
「どうやら俺の子らしい」
今のフレッドからは想像もつかないが、当時の彼は小柄で痩せこけていた。
薄汚れた半袖からは、生傷がいくつも這い、頬を紫色に染め、傷んだ髪は伸ばしっぱなし。ストレートチルドレンと言われても、納得してしまう姿だったのを覚えている。ただ人の目を見る鋭さは変わらず、まるでこの世の全てを憎んでいるみたいだった。
「一応検査しているが、結果を見るまでもないな」
本人がそう言い切るほどフレッドは先代に似ていた、と思う。
丁度先代がボスに就任する頃で、手一杯だった彼の代わりにフレッドの面倒を見ていたのはアランと言っても過言ではない。側近なのに、と不満がないわけではなかったが、信頼されていると思えば心構えは変わってくる。
子供はいないが実家では弟たちの面倒を見ていたから、やんちゃなフレッドを放り出せなかったのも一因である。
―あの人は、最期まで奔放な人だったな。
フレッドだけではなく、ファミリーまで任せて先代は病に倒れこの世を去った。四年前のことである。
「今更俺が、真っ当な道を歩けると思ってんのか?」
「そのために、学校へ行っているんだろう」
「なら今すぐ辞めてやる!」
唸るフレッドにアランは答えるが、この問答も何度目になるかわからない。毎度話し合いは平行線を辿り、フレッドが臍を曲げるのだ。
「違う。そんなこと、意味はねえってわかってる」
だがここ最近のやりとりは、少し変わっていた。
「フレッド……」
「俺は、別にファミリーを乗っ取ってボスになりたいわけじゃない。あんたを守りたいんだ」
フレッドがアランを見る目に、思慕の色が宿る。「面倒を見てくれる人」から「慕う人」へ。
最初は何かの間違いかと思ったが、伊達に四十年生きてはいない。それに、フレッドのひたむきな姿には覚えがあった。
―いつかの自分を見ているようだ。
隠しておきたい過去を見せられているようで、苦いものがこみ上げる。塞いだはずの胸の虚空が疼いて落ち着かない。
「俺だって、あんたを守る壁になれる」
は……と、笑いを含んだ空気が漏れた。
甘い夢物語を信じて止まない姿は、やはり過去の自分とだぶって見えた。
「未熟だな。そんな壁は、必要ない」
だからこそ、フレッドを冷たく突っぱねる。
「くそったれ!」
フレッドは拳を震わせると、背を向けた。荒い息遣いに合わせて肩が上下する。
激情に駆られ、暴れ出したいのを必死に抑えているのだろう。
「帰る」
入ってときの「褒めて」と言わんばかりの勢いは消え、顔も合わせずにフレッドは肩を落として部屋を出て行った。
扉が閉まり気配が完全に消えると、アランはチェアに背を預け天井を仰いだ。
―どこで、育て方を間違えてしまったのか。
└人気の若手舞台俳優と、物静かなサラリーマンのほのぼのとした恋。
└過去と未来をつなぐ、切ない直球ボーイズラブです。※18禁シーンがあるので、注意してください。
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