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僕たち五人は北京へ観光旅行に来た。ぽっかりできた空き時間に、近所の豪商の屋敷を見に行くことになったのだが。『纏足』をめぐって、僕におきた出来事は、あの屋敷に住む『美人』の怨念なのだろうか?それとも……
金蓮譚
「……そういえば、この近くに文革時代の破壊を免れた屋敷がありまして。個人の邸宅なんで、一時間もあれば充分見てまわれます」
旅行のガイドを買って出てくれた郭さんが言い出した。
「歩いて十分ほどなんですが、行ってみますか? 帰りに予約した料理屋の前を通りますし、時間つぶしにはちょうど良いと思います」
午前中、昼食までの二時間、ぽっかり空き時間ができた僕たち五人は迷うことなく
「行く」
と言った。
僕は、サークルの仲間四人と、夏休みを利用して北京までやってきた。うちのサークルに出入りしている留学生の郭さんが、夏休み、北京の実家に帰るついでに、知り合いの旅行会社で格安のツアーを手配してくれるというので、お願いした。
到着したその日に頤和園へ、昨日は一日かけて故宮と博物館へ。今日は僕たち五人だけで、世界遺産である『明の十三陵』に行く予定だったが、旅行会社の手違いで、バスが手配されていなかった。
フリータイムのガイドを引き受けてくれた郭さんが、個人で小型バスを手配してくれたが、午後になる。時間の都合もあり、行き先は北京市内の天壇公園になった。
「……どうもゴメンナサイ。わたしがちゃんと確認をとれば良かったです」
郭さんが申し訳なさそうに頭を下げる。別に彼が悪いわけではないし、旅行会社に依頼したバスの料金は、お詫びの昼食代も込みで郭さんに手渡しされた。
ツアー自体は三十人余りの団体で、今日は自由行動の日だ。明日は郭さんの案内はなく、全員乗せた大型バスで万里の長城に向かう。
スケジュールに追われるツアーでちょっと疲れていた僕たちは、のんびり散歩を楽しみながらの町歩きでも充分楽しめた。
到着した邸宅の入り口で、まず郭さんは立て看板に書いてある解説を要約してくれる。
「この屋敷は、燕氏という豪商の邸宅だったんですが、民国時代に没落してしまいましてね、その後は貧しい者たちが、長屋みたいに共同で暮らしていたんですよ」
郭さんはうちの大学の留学生で、縁あって、サークルの部室に出入りするようになった。親戚に日本人がいて、小さい頃から行ったり来たりしていたらしく、日本語は驚くほど上手い。
「……なので、住民が住んでるあいだに、ずいぶん荒れたことは荒れたんですけれども、屋敷の作りはそのまま残りましてね、北京オリンピックのときに観光の目玉にしようと、政府が残っていた写真をもとに、修理したんです。
それでも、かなり当時とは違うのでしょうが、清朝時代の文化を忍ぶのには充分じゃないかと思いますよ」
郭さんは門のところで入場料を払い、中に案内した。
中は閑散としていて、自分たちの他に観光客はいない。
「貸し切りですね」
郭さんが言った。
屋敷の造りは、塀を兼ねた三階建ての建物が周囲を取り囲み、中心に先祖や祭神を奉った廟と、その前に見事な庭園がある。
僕たちは、ひとまず中央にある廟が珍しくて、掛かっている書の漢文を眺めたり、祖先を祀る祭壇を眺めたりした。
外周の一階には豪華な広間や応接間の他に、台所や、使用人の部屋や厩などがある。きれいな刺繍や壁掛けは最近のものなのか、極彩色で絢爛豪華。しかし、あまりにキラキラしていて安っぽく見える。実際に安いのかもしれない。てらてらとした光沢のある布類は、明らかにポリエステルで、絹ではなかったし、刺繍だって土産物屋のものと変わらない機械刺繍だ。
そんなありきたりな物よりも、台所や使用人部屋の古民具を見るほうが楽しい。
郭さんの解説で一階を一周し終わる。いちいち案内するのが面倒くさくなったのだろう、郭さんは回廊の下から二階のほうを指さした。
「二階は、あちらが主人家族の部屋、あちらが跡取り家族、こっち側が次男の家族、であちらが隠居部屋だそうで。どうぞ、階段を上がって自由に見てくださって構いません。
ただし、三階は工事中のままですから入れません。上がらないでください」
それから三十分の自由行動になった。僕もみんなと一緒に階段を上がる。三階へ続く階段はあったが、たしかに立ち入り禁止の看板があり、厳重な柵があって、上の階に上がれそうもない。何気なく僕は柵の裏側を見た。そこには読めない字で、お札のようなものが貼ってある。僕はそれを特に不思議とも思わなかった。
二階は内側の回廊をぐるりと一周できた。僕と米沢は左まわりに、他の三人は右回りに見てまわることになった。
最初の部屋は、寝室に中国風のベッドが再現してあって、壁に作り付けられている。他の部屋には麻雀卓があったり、中学生の背丈ほどの大きな壺があったりで、下の部屋と同じように絢爛豪華。ただ、部屋ごとに色が統一されていて、少しばかり上品に見える。
「吉川、俺、ちょっと小便。どこにあるか知ってる?」
「たしか一階の売店の隣に標識があったよ。あそこ。郭さんのいるとこの右側」
回廊から見下ろすと、郭さんが受け付けの後ろにある土産屋の売店で茶を飲んでいるのが見えた。
「おお、あれか」
米沢は小走りに階段を下りていった。
ひとりになり、ゆっくり見てまわる。
生活の家具の他に、当時の服やらアクセサリーの類いがガラスケースに入って陳列してある部屋に行き当たった。
これは当時のものなのだろう。退色して古びた感じになっているが、それが確かに絹である証拠だろう。刺繍も明らかに手でかがったもの。アクセサリーも、あまり高価なものではないのだろうが、翡翠の髪飾りや象牙の置物など、いずれも細工が細かい。こういったものに普段はあまり興味がない僕だが、その細やかな細工には、感嘆するしかなかった。
奥まった部屋に入る。そこに扉があって、もうひとつ部屋があるようだが、閉まっている扉を開けていいかわからずに立ち尽くす。扉には、中国お馴染みの『喜の字』が二つ並んだ飾りが貼ってあって、そこからその部屋全体を眺める。
回廊の方向から高く昇った陽光が飾り窓を透かして入ってくる。その前に置かれたガラス鉢には、大きな金魚がゆらゆらと揺れながら泳いでいる。
とても幻想的な光景だった。
米沢はまだかな、と思いながら、金魚鉢の横に置かれた陳列ケースを見ると、小さな靴が陳列されていた。子どもの靴かと思ったが、とても形が変わっている。足の甲や側面には手の込んだ刺繍がある。靴の底は木製のようで、つま先から踵まで綺麗なアーチを描く。その奥には、真っ白い絹の羽二重に、やはり靴とおそろいの刺繍を施した布の袋……形からして、それが靴下になるのだろうか。
つま先がまるでクリームを絞る袋みたいに細くなっていて、とても人間が履くものには見えない。人形のものだろうか?
それにしても、なんて美しい靴なのだろう。
展示品のカードがある。
『三寸金蓮(纏足鞋)』
これが纏足用の靴なんだ、と驚いた。
そういえば、こんなに綺麗ではないけれども、フェルトの靴が土産物屋にもあって、それはてっきり子どもに履かせるのだと思っていた。
それにしても。
底の長さ、踵からつま先までは掌の長さしかない。手首から指の根元までの長さだ。
「この鞋がお気に召されましたか?」
声をかけられて横を向くと、少女が立っている。
「綺麗だなと、思って……」
僕は、彼女が綺麗な日本語を話しているのを不思議に思う。この屋敷の案内係か何かだろうか。
「わたしは春蘭おくさまの使いで参りました。郭氏の客人をぜひおもてなししたいと」
郭さんは、さきほど売店の店先で茶を飲んでいたし、ここの人たちとも割と親しげに話していた。だから、少女の言葉を別に不思議とも思わず、閉じられた扉が開かれたので、僕は奥に入った。
中には階段がある。手すりは黒檀なのだろう。ワインカラーをさらに濃くしたような色合いの木製で、それまで見て来た家具の彫刻もそれなりに手が込んでいたが、それはいかにも『本物』の顔をして、柵にあたる部分に山水に龍が昇る構図が彫刻してある。僕はその手すりに触れながら、少女の後に続いて、その階段を上がる。
三階は、工事中のままだと聞いていたが、階段を上がったその部屋だけなのだろうか、とても綺麗にしてあった。家具にしても磨き上げられていて、ほこり一つない。それどころか、その部屋の調度の全てが、いままで見て来たものとは全然質が違っているのだと、素人の僕でも判った。
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